東北観光地の疲弊
協会の仕事で約10年ぶりに秋田市へ行ってきました。他の会合で、出張が二つ重なったため札幌から空路秋田へ入りました。びっくりしたのは、中心街の衰退。ビルの谷間に、空き地と駐車場。地方都市というのはどこもこうなのでしょうか。昔を知っているからこそ強烈に感じました。おそらく、10年前に函館を訪れた人も同じように感じているのだろうと思いました。
言うまでもなく、震災で東北地方は大変な被害を受けました。しかし、こと観光、また宿泊業から見ると、今一番疲弊しているのは、直接的な被害がほとんど無かったこの秋田、そして山形だということを知りました。秋田の昨年の宿泊客数は対前年約30%減。震災後、私が覚悟した数字です。幸い当地は、10%を切る減少幅になるものと思います。被災3県は復興需要でプラスです。しかも、手厚い補償で厳しい観光地も「秋田よりもマシだ」と聞きました。風評被害に九州新幹線開通で関西圏が西に流れたこと、東北新幹線が青森まで行ったことで、枝新幹線にとってはデメリットになったこと、前々年の韓国ドラマブームの反動があるなど複合要因ですが、函館では報道されていない、行ってみてわかったことです。
しかし、秋田の危機感が函館にとって脅威に感じました。厳しい立場に立たされると、いや立たされないと本気にならないのかもしれません。決して観光県ではありませんが、観光に対する意気込みは、観光都市「函館」に無いものです。秋田県は全国に先駆けて「スポーツ文化観光部」なるものを作るそうです。この意味をわかる方は、国策を理解している方、観光を本気で考えいる人です。仕事の性格上、気は重かったのですが、秋田へ行って心から良かったと思いました。
話を変えます。一つのポスターが目を引きました。「あきたびじん」の”じ”、と、”ん”の間に小さな”よ”を入れて「秋田ビジョン」。誘致するためのキャッチフレーズです。「いかナイト」とは違うセンスを感じます。左のポスター、モデルではなく60年以上まえの実在した秋田美人だそうです。テレビで秋田には白人の遺伝子があるということを見た記憶がありますが、ロシア人の血が混じっているのだろうと思っていました。実は室町時代にルーマニア人が入植した歴史があるそうです。これも行かなければわからないことだと思います。そして、それが観光です。
皆様、観光して下さい。
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いつも大変勉強しながら拝見しています。
観光業とはなんでしょうか?
函館の為とはなんでしょうか?
この街(大好きな)が良くなる為にはどうするのか?
若い世代で考えてゆきたいと思います。
とりあえず再来週沖縄に勉強しにゆきます。
なぜ北海道が負けるのかを(笑)
投稿: ミコ | 2012年3月18日 (日) 02時11分
>室町時代にルーマニア人が入植した歴史があるそうです。
初耳です、どこに書かれていますか?
投稿: とおり | 2012年4月 7日 (土) 16時59分
秋田の観光関係者に聞きました。もしかしたらブルガリアとの聞き(勘?)違いかもしれませんが、いずれにせよ、当時はオスマン帝国の時代なので、その地方からの入植ということでしょう。個人的に少し調べてみましたが、諸説あるようで、真偽は定かではありません。ただ、遺伝子の話は有名です。
投稿: ニューオーテオーナー | 2012年4月 9日 (月) 12時24分